2018年11月23日

 この日5日前から入札しておりました、ヤフオクの商品を落札しました。

 実はこのNISSAN SUNNY 1200 GX Coupe (B110)のミニカー(白に限ります)は、ずーっと以前から所望していましたが、これまではなかなか手頃なお値段の出物が見つかりませんでした。

 この度やっとお手頃な価格設定のものが出ていましたので、即入札しました。

 幸いにも競合相手もなく、最初の入札価格のまま落札出来てホッとしました。
ナップやカスタマイズもこのB110で大抵のことは行いました。

 そして始業点検や洗車、ワックスがけなどは言うに及ばず、エンジンオイルの交換を始め、SUツインキャブレターのアクセルリンケージ同調調整やキャブレターのオーバーホール、ディストリビューターのディスキャップの清掃やポイントギャップ修正、点火時期調整、点火プラグの点検や交換、ファンベルト交換、ワイパー交換、果てはメカトラブルの修理からキズや凹みの板金修理などなど可能な限り殆ど自ら作業していました。

 このようにクルマのメカニズムやメンテナンスの一通りを覚えたのもこのサニー1200GXクーペでした。

 しかし当時最後まで叶わなかったのは、何分にも貧乏学生でしたのでてっちん(' ' ' ')(スチール製ホイール)からアルミホイールへ換装することでした。

 ターゲットは当時走り屋の定番だったハヤシストリート

 また初めてステッカーを貼ったのもこのクルマで、リアウインドーに小さなTOMEIのステッカーを貼っていました。

 因みに蛇足ですが、長距離ドライブの時などは、生意気にもRay-Banのサングラスやメッシュ指切りタイプのドライビング・グローブを、既にこのころから着用しておりました。笑

 こうして約2年という短い期間ではありましたが、生まれて初めてのカーライフをこれ以上無いほど、存分に楽しませてくれた素晴らしい愛車でした。

 とこれだけ書けばアールエーアール鈴鹿が、何故にこのNISSAN SUNNY 1200 GX Coupe というクルマに深く思い入れがあるのかご理解頂けると思います。


 


 さぁて、ご対面 本当にやっと手に入った喜びと、懐かしい思いで一杯になりました。

 何故このサニー1200GXクーペに拘るかと申しますと、アールエーアール鈴鹿の愛車プロフィールでも述べていますように、このクルマが一番最初の愛車だったからです。

 ボディカラーもこれと同じホワイトで、フロントフェンダーからリアフェンダーまで伸びた二本の純正ピンストライプ(濃紺色)も当時を思い起こさせます。

 確かアールエーアール鈴鹿が生まれて初めてクルマを購入するために訪れたのは、当時中古車販売店が数多く軒を連ねていた、東大和市辺りの新青梅街道沿いだったと思います。

 1回目の大学3年生(笑)の年を越した3月のある日、運転免許を取得したら即乗り出せるように、府中免許試験場から戻ってスグにクルマの購入手続きを開始しました。

 まず意中のクルマが無いか探しに、大学のある西部新宿拝島線玉川上水駅から一駅手前の東大和市駅で下車し、新青梅街道まで歩いて出まして物色しました。

 そしてあるお店の展示車で最初に私が目を留めたのは、オレンジのボディカラーが目にも鮮やかな、三菱コルト ギャランGS AU2ドアハードトップクーペでした。

 特に開放的なハードトップスタイルが、若者にはとても魅力的に映ったのでしょう。

 すると若いお店の従業員の方(気のいい兄ちゃんと言った方がピッタリかな)が、そんな私に気付いて事務所から出てきて声を掛けてきました。

 どうせ同じ価格で購入するならコチラの方が断然いいと薦めてくださったのが、白のボディカラーに濃紺の純正ピンストライプを身にまとったNISSAN SUNNY 1200 GX Coupe だったのです。

 お兄さんが私に勧めて下さったサニー1200GXクーペは、1973年製(最終型)でしたから、このとき既にほぼ5年落ちのモデルでした。

 確か店頭に置いていたギャランより年式は1年新しかったと思います。

 そしてこの従業員のお兄さんが本当にクルマ好きらしく、サニー1200GXクーペの良さを一通り語ってから、私を助手席(この時点でまだ運転免許証を持っていません)に乗せてお店の裏の道路をたっぷりと試走してくれました。

 しかも腕に覚えがあったのでしょうね、これがまた実に胸のすくようなドライビングを披露してくれたのです。

 私の目にはそんな彼がとても格好良く映っていました。笑

 何しろこの当時はまだクルマに関してはまるっきりの素人で初心者でしたから、この瞬間にサニー1200GXクーペの走りにも完全に魅了されていました。

 そして、あまりにも熱心に勧める従業員のお兄さんの意気に感じたのか、ついに購入を決めました。

 今思い返してもこのクルマとの出会いは、私にとって本当に幸運だったと思っています。

 後に当時私のクルマの師匠とも言えるお友達から、A12エンジンの素晴らしさ、名車サニーGXクーペについての様々なウンチクを聞くことになるわけですが、いずれにしてもこうして若葉マークの愛車を手に入れたわけです。

 このサニー1200GXクーペは、その後就職するまでの約2年間、存分に乗り回しました。

 この愛車の運転で最もよく覚えているのは、年に2回ほど帰郷するのですが、東名高速を飛ばしているとき、エンジン回転数が6,800回転を超えてレッドゾーンに突入すると聞こえてくる、まるでツインカムエンジンのような高音の「〜ん」という、官能的とも言える何とも耳に心地の良い響きです。

 俗に言う「カムに乗る」とでも申しましょうか、実際この音が聞こえると、これがただのプッシュロッド式ターンフローのOHVエンジンかと思えるほど鋭いスロットルレスポンスを見せてくれるのでした。

 またフロントマクファーソンストラットのインナーカートリッジ式ショックアブソーバーを、当時日本に上陸したてのオランダ製のKONIに交換した時には、ショックアブソーバーの性能如何でこれほどドライバビリティが向上するのかと、目からうろこの体験をしたことも昨日のことのように今でもハッキリと覚えています。

 当時KONIのショックを組んで下さったShopは、私の住んでいた小平市から五日市街道を上った吉祥寺か三鷹あたりの道路沿いにあったのですが、その行きと帰りのクルマの動きがまるで別物だったのです。

 具体的に言いますと、五日市街道というのは、当時かなり路面の傷みが酷くて、特に道路の継ぎ目の凸凹が半端じゃなかったんですね。

 片やノーマルの愛車のショックアブソーバーは、中古ということもあってその性能は推して知るべしで、この日もShopに着くまではいつもどおり路面の継ぎ目の凸凹を拾うわで、ドタンバタンと乗り心地も何もあったものではありません。

 ところがKONIをインストールしての帰路は、まったく別のクルマに乗り換えたかのような乗り心地だったのです。

 何よりも継ぎ目を拾ってドタバタと、突き上げの衝撃だけで無く、本当に耳やかましかったサスペンションが、「トトン…ストトン…」 と耳にも心地よく、まるで羽でも生えたかのような滑らかで軽やかな足に変貌していましたから、そのときの感動といったら…

 これも生涯忘れられません。笑

 さらにその後、現在のスポーツタイヤの先駆けとなったヨコハマアドバンHFに履き替えたりもしました。

 また、電装系は純正イグニッションコイルをボッシュ製やマレリー製に交換したり、純正プラグコードを永井電子機器よりリリースされたばかりのULTRAシリコーンプラグコードにも交換しました。

 その他にもステアリングホイールをアバルトに換装したり、純正オルガンペダル式アクセルペダルを市販パーツで吊り下げ式に改造したり、FRP製フロントエアダムスカートを取り付けたりと、クルマのチューン
 上の2枚の画像は、2018年に名車再生クラブがレストアを発表した、1972年式の「日産サニー1200クーペGX-5 特殊ツーリングカー(TS)仕様」。
 レース用のオプションが満載された、当時の日産のモータースポーツ&販促活動の様子を今日に伝える貴重な1台です。
 詳しく知りたい方は是非コチラへどうぞ。
 エアーキャップだけでなく、ケースの保護も兼ねた脱落防止でしょうか、ラップまで巻いてくださってます。

 こういう心配りがありがたいです。♪
 ご覧のように、とても丁寧でしっかりとした梱包でしたので安心しました。
2018年11月25日

 落札が決まり、早速出品者の方との必要なやりとりを経て、本日無事に商品が到着しました。

 なんとモノタロウの梱包箱でしたので、思わず笑ってしまいました。

2014年4月4日

 昨年の7月9日にKID BOXというShopからリリースされるという情報を得て、早々に予約注文をしました。

 しかしその後、Shopからの注文確認メールが届くことも無く、月日が過ぎていく間に年も越してしまい、もう半ば諦めて注文したことさえ忘れていました。


 ところがついこの間3月27日に、突然予約商品入荷のメールがShopから届きました。

 Shopからは、"特にご希望がございませんでしたら、当店指定の配送業者により【43日】以降
順次発送させていただきます"という内容でした。


 そして、本日無事にコレが届きました。

 上の4枚の画像は、当時TSクラスを席巻した、レーシングドライバーでありエンジンチューナーでもあった故鈴木誠一氏と城北ライダースのメンバーが創設した、東名自動車(現東名パワード)製、通称TOMEI TUNE"マルゼン テクニカ サニー84" TSサニーです。
 もっとよく知りたい方は是非コチラへどうぞ。

 半世紀も前に造られたクルマであるにも関わらず、いまだに絶大なファンが存在するほど人気の高いのがこの日産サニー1200GXクーペというクルマです。
 つまり文字通り日本のクルマ史に残る名車であると言う意見に対して、敢えて異を唱える方はまず居ないと私アールエーアール鈴鹿は思います。
 ここでちょこっと紹介するのは勿体ないので、改めてページを起こすことにしました。笑
 コチラにてご覧下さい!
 そういえばまだ取ってあったはずだとふと思い出しまして、ちょっと探しましたら案の定ちゃんとありました。♪
 記録達成当時のSUBARUのステッカーです。
 2枚取ってありましたが、1枚はお友達に進呈しました。
 SUBARUのメモリアルカーナンバーワンですね。
 これが初めて中古車販売店を訪れたとき、最初に私の目に留まった三菱コルト ギャラン AUGS 2ドアハードトップクーペです。
 コレはもっと古いです。

 かつてロードレース世界選手権に参戦していた平忠彦選手が格好良くて、また当時のYAMAHA YZRがとても魅力的なマシンでしたので、憧れもあったのでしょうね。

 何故か唯一のモーターサイクルのプラモデル(タミヤ 1/12)まで買って作ってしまいました。


 この他、クルマのプラモデルで唯一作ったものにHONDA S800がありましたが、残念ながら残っていません。

 昔はプラモデル大好き少年でしたので、結構沢山作りましたが、もっぱら第一次大戦中の複葉機、第二次大戦中の日本陸・海軍機やドイツ空軍機など軍用機ばかりでした。
 コチラは一時期、鈴鹿サーキットランドのそばにあるGrandprix Collectionというミニカーショップに入り浸っていたころ購入したものです。

 全てIMPREZAですが、1台だけ別のクルマを購入しました。

 それが、左下のオペル・カデットのラリーカーです。


 何故かというと、私はかつてISUZU ジェミニZZ-R クーペに乗っていたこともあり、兄弟車であるこのクルマを懐かしく思ってつい買ってしまいました。(笑)
 
 購入するときにツーセット揃えるか迷いましたが、お財布と相談した結果このセットだけにしました。
 コチラはあえて説明の必要はありませんね。
 真ん中のコレも忘れられないモデルです。


 SUBARUWRCで初タイトルを決めた記念すべきクルマです。

 
 次に紹介するのは、この3台です。


 両側にある2台は、三重スバル四日市店でいただいたものです。

 右側のLEGACYのメタル製置物は、先代の愛車LEGACY RS type RAを購入したときに頂きました。

 左側のグループA IMPREZAは確か2005年の初ワールドタイトルを獲得した記念だったと思います


 どちらも本体だけでしたので、私が後から木製の台を用意しました。
 コチラはS耐に出場していたPROVA FUJITSUBO IMPREZA 2006です。

 


 因みに、私の愛車に装着しているリアウイングは、コレに付いているのと同じものです。

    

 

    

 
 '98ワールドラリーカー。

 マクレー車です。


 一目惚れで購入しました。(結構高かった)
 まず最初に紹介するのは、この2台です。
 ここからはコレクションと呼べるほどのモノではありませんが、遅ればせながら私の所蔵するミニカーを紹介します。


 現在は、このようにガレージの談話コーナーのガラスケースに収納陳列しています。
 
 下の棚には、当時のレコードを録画記録したVHSテープも列んでいます。
 早速My Garageの談話コーナーの棚にディスプレイしました。


 ちょっとこんな演出をしてみました。

 ヘヘ…♪
 この記録を引っ提げてデビューした初代LEGACYは、私にとって特別な思い入れがあるクルマです。


 また、このLEGACYはこの角度から見たボディラインが今見ても本当に魅力的です。
 ここまで忠実に再現されていると、見ていて思わず頬が緩んでしまいます。
 細部までとても精巧に造り込まれたレジンモデルです。
 本当は、リリースされた記録達成車(1号車/2号車/3号車/5号予備車)は全て欲しかったのですが、何分けっこうなお値段ですので、平均速度時速223.345qの一番速い記録でゴールしたこの2号車を購入しました。
 LEGACYファンならたぶん誰もがご存じの、100,000q世界速度記録達成車です。
 私にとって思い出深い記念すべきクルマでしたので、リリースを知ったときはなんとしても是非手に入れたいと希望していました。


 随分待たされましたが、こうして手に入れることが出来たのでとても嬉しいです。